理事長メッセージ

今、何かに困っていますか。
それとも、誰かを助けたいと思っていますか。

どちらであっても、このページが届いてほしい人がいます。
理事長 池田勧

特定非営利活動法人 日本サポートマーク普及協会
理事長 池田 勧

私が動けなくなった日

2017年5月、私はうつ病を発症しました。

それまでの私は、異業種からIT・通信業界へ転じ、結果を求め続ける働き方の中で、仕事中心の毎日を送っていました。 しかし、心身の不調によって、それまで当たり前にできていたことが少しずつ難しくなり、社会とのつながりや、人との関わり方について深く考えるようになりました。 そんな経験の中で感じたのは、「助けてほしい」と声を上げることの難しさ、そして「誰に助けを求めればよいのか分からない」という孤立感でした。 その経験が、現在のサポートマークの活動につながっています。

それが——突然、動けなくなりました。

朝、起き上がれない。外に出られない。何もできない自分が信じられなくて、でも体が言うことをきかない。頭では「動かなければ」とわかっているのに、世界が真っ暗で、死を考えるようになっていました。

「なぜ自分がこうなったのか」もわからないまま、長い時間が過ぎていきました。


水素との出会い

発症から数年が経ち、自立訓練施設に通い始めた頃のことです。

サポートマークの活動を通じてつながったご縁から、高濃度水素ガス吸入器「ドクター水素ボトル®+」を手にする機会をいただきました。

半信半疑のまま、1日8時間、1ヶ月間吸い続けました。

いつからかは、わかりません。ただ気がついたら——真っ暗だった世界が、少しずつ見えるようになっていました。体が動くようになっていました。外に出られるようになっていました。

劇的な瞬間があったわけではありません。でも確かに、私は戻ってきていました。

この体験が、今の私の原動力のすべてです。今も辛い思いをしている誰かに、この感覚を届けたい。それだけを考えて活動しています。


サポートマーク誕生のきっかけ

自立訓練施設に通い始めたとき、私はヘルプマークを着けていました。

ある日、施設内でアンケートを取ると、ヘルプマークの認知率は約50%でした。通所者もスタッフも知らない人がいる。普及活動をしている団体を調べてみると、すでに多くの団体が取り組んでいるにもかかわらず、認知率はなかなか上がらない現実がありました。

そのとき私は気づきました。

「認知率を上げようとしているのに、なぜ上がらないのか」——それは、ヘルプマークを受け取る側の活動ばかりで、気づく側・助ける側のアクションが見えないからではないか。

私自身、一番困っていたとき、「誰に声をかけていいかわからなかった」のです。助けを求める勇気が出なかったのではなく、助けてくれる人がどこにいるか見えなかったのです。

だから、「助けたい」という気持ちを先に見える形にするマークが必要だと思いました。それがサポートマークです。

2020年、この発想が生まれてから3ヶ月で——NPO設立。マークデザイン、商標登録、ホームページ、パンフレット、すべてを一人で手がけ、2020年6月に法人を設立しました。


法人設立後の、もうひとつの試練

設立直後、医師から告げられていた通り、躁状態から重度のうつ状態へと移行しました。コロナ禍と重なり、外出もできず、希死念慮に囚われ、寝たきりになる時期がありました。

「自分が立ち上げた法人なのに、自分が動けない」

批判の声も多くありました。それでも、私がこの活動をやめなかったのは、水素吸入で回復できた自分の体験が本物だったから。そして、今この瞬間も、同じように真っ暗な世界にいる人がいると知っていたからです。

現在、希死念慮は解消されています。こうして活動を続けられていることを、心から感謝しています。


今、私が届けたいもの

サポートマークは、困っている人に「頑張って声を出してください」と求めるものではありません。
周囲の人が先に「気づきたい」「支えたい」という意思を示すことで、困っている人がひとりで抱え込まなくていい空気をつくるものです。

NEXT未病・水素吸入体験会は、今辛い思いをしている人に、私が体験した「回復のきっかけ」を届けるための活動です。

どちらも、根っこは同じです。

誰かが先に、気づく。先に、手を差し伸べる。
その社会を、一緒につくっていただけませんか。
特定非営利活動法人
日本サポートマーク普及協会
理事長 池田 勧